2010年7月11日(日) 礼拝説教要旨 |
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聖書箇所:マタイ13章31〜33節 |
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[31] イエスは、また別のたとえを彼らに示して言われた。「天の御国は、からし種のようなものです。それを取って、畑に蒔くと、 [32] どんな種よりも小さいのですが、生長すると、どの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て、その枝に巣を作るほどの木になります。」 [33]イエスは、また別のたとえを話された。「天の御国は、パン種のようなものです。女が、パン種を取って、三サトンの粉の中に入れると、全体がふくらんで来ます。」 |
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説教要旨 |
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今日は、イエス様による「御国の説教」の三番目の「からし種のたとえ」と四番目の「パン種のたとえ」を共に見ていきましょう。この二つのたとえは、この地上にあって神の力がどのような形で働くのかを明らかにしています。 〈この世にあってクリスチャンが持ちやすい問い〉 また、私たち自身も、“どうして神は私の生活を、家族を変えてくれないのか”、という問いが心に沸き起こることがあると思います。しかし最初に申し上げたいことは、「からし種」と「パン種」のたとえは、私たちが神に投げかけるそのような問いに明確な答えを提示しているということです。 〈二つのたとえの概要〉 (2)「パン種のたとえ」−「パン種」とは、パン粉を膨らませるイーストを指します。「パン種」の特徴としては、パン粉の中に埋もれて、その存在すらわからなくなっても、パン全体に浸透して、大きく膨らませる力を持っていることです。「女が、パン種を取って、三サトンの粉の中に入れると、全体がふくらんで来ます」(33節)とあるとおり、パン種の持つ浸透力と全体をふくらませる力は、誰もが知っている経験的事実であったのです。 〈たとえで明らかにされていること〉 このように、神の力は、人々が期待するような、目に見える輝きや大きさとは反対の小さきものを用いて、この世で働くのです。私たちは、この見方に立って、この世において確かに働いている神の力を確認していきましょう。 |
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