検見川聖書バプテスト教会
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  働き人の必要を覚える主  

2009年7月26日(日) 礼拝説教要旨
説教者:高田 厚 師

聖書箇所:マタイの福音書9章37〜38節

[37]そのとき、弟子たちに言われた。「収穫は多いが、働き手が少ない。 [38]だから、収穫の主に、収穫のために働き手を送ってくださるように祈りなさい。

説教要旨

今年(2009年)は日本におけるプロテスタント宣教が開始されてから150年目という節目の年に当たります。この間、多くの宣教の働きがなされてきたことは言うまでもありません。しかし、それにもかかわらず、日本におけるクリスチャン人口は伸び悩んでいるという厳しい現実があります。

ところが、本日の箇所でイエス様は、「収穫は多いが、働き人が少ない」とおっしゃられています。私たちの住む日本という霊的に荒れた畑で伝道に携わっている人にとっては、どうもイエス様の御言葉は、私たちの現実の状況に即していない、と思えることばではないでしょうか。少なくともこの日本においては当てはまらない、日本は多くの収穫が見込めるような宣教の畑ではない、との声が聞こえてきそうです。

<「収穫は多い」との主のことばの意味>
では、イエス様はどのような意図を込めて、この37節のことばをおっしゃられたのでしょうか。その意図は、イエス様ご自身に関する三つの点から知ることができます。

第一に、イエス様は絶対に偽りを言わない方であるということ。イエス様のことばは常に真実だからです(ヘブル10章23節)。第二に、イエス様は私たちの現状を良くご存知であるということ。私たちが直面している伝道の現実をイエス様は誰よりも正確に知っておられるのです(詩篇33篇13節)。第三に、イエス様ご自身の地上における働きが、多くの人を救うためであったということ。イエス様が十字架上でご自身をささげられたのは、すべての人を救うためのものだったのです(Tテモテ2章6節)。

以上の点から、「収穫は多いが、働き手は少ない」というイエス様のおことばは、私たちの直面している現実を踏まえた上で、必ず実現する約束のことばとして、受け止めることが出来るのです。この理解に立つとき、私たちは短期的な伝道の成果に一喜一憂することから自然と離れるようになります。そして、神の約束を信じて、日々の種蒔きに安心して励む者とされるのです(伝道者の書11章6節)。

<伝道の主体は神である>
続く38節では、伝道の働きの主体が一体誰であるのかが明らかにされています。ここでイエス様は、私たち人間が伝道の主体とは言われず、「収穫の主」ということばから分かるとおり、伝道の主体は神であると明言されています。すなわち、伝道とは、神が事を起こし、神が実りを与える神のわざであるという事実をイエス様は強調されているのです。

では、神が私たちに求められるのは何でしょうか。それは、伝道の必要を覚えるときにまず、「働き人を送ってくださるように」との必要を覚えて、「収穫の主に祈る」ことなのです。一見消極的に思える勧めです。しかし、この祈りの姿勢を確立することが、伝道の働きにおいて極めて重要であることを心に刻み込まなければなりません。

なぜなら、自らの力に頼る“独りよがり”の伝道は必ず行き詰まるからです。私たちは、福音を委ねられた者として、伝道の主体である神の主権を認めて、そのお方の御心に沿ったかたちで伝道の働きを進めていく者でありたいと思います。

 
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