検見川聖書バプテスト教会
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  人生と人の生き方の黄金律  

2008年11月2日(日) 礼拝説教要旨
説教者:高田 厚 師

聖書箇所:マタイの福音書7章12節

それで、何事でも、自分にしてもらいたいことは、ほかの人にもそのようにしなさい。これが律法であり預言者です。

説教要旨

前回の説教「求めよ、さらば与えられん」で、私たちは神様との素晴らしい関係の中に生かされている恵みを再確認しました。本日は、その私たちに対して、イエス様が命じられた極めて重大な原則に関する教え(黄金律)です。この御言葉を語られたイエス様の意図はどこにあるのでしょうか。早速見て参りましょう。

<黄金律とは>
この箇所においてイエス様は、神の国の民であるクリスチャンに対して、人に迷惑をかけない生き方をするようにとの消極的な勧めではなく、むしろ「何事でも、自分にしてもらいたいことは、ほかの人にもそのようにしなさい。」と、積極的に他者の必要のために関わるよう命じられておられます。まさに、受ける人生から与える人生への転換を促すことばです。

しかし、現実の私たちは、自分のことばかりで頭が一杯になり、周りの必要に対して無関心であることが多いのではないでしょうか。しかも、案外と私たちは自分が他人から何をして欲しいかを考えることは簡単にできるのです。家族や友達に願うこと、期待することは次から次に出てきます。しかし、問題はその次です。今度は「それと同じことを相手にする。」という段になると、私たちは、はたと行き詰まり、できないことに気付くのです。

人はどこまでも自己中心的です。そのような私たちがこのイエス様の御言葉の前に立つ時、自らの自己中心さを強く示され、他者の必要のために積極的に関わることができない無力な自分の姿がはっきり見えてくるのです。

<黄金律を実践するために>
しかし、だからといって失望するには及びません。実は、そのような自分に気付くことが、この黄金律を実践するための第一歩になるからです。重要なのは、私たちが自分自身の無力さと自己中心さに気付き、それを認めることです。そうすることで、私たちは天の父である神に自分を明け渡し、「どうぞ、無力で自己中心な私を憐れんでください。」と祈る者へと導かれていくのです。

さらに、その祈りは「私を通して、あなたのみこころがなるように」という祈りへと引き上げられていくのです。この祈りは神に届き、受け容れられるので、私たちを通して神の素晴らしいみこころが実行に移されていくのです。

このような神のご支配を受けた人は、「自分にしてもらいたいことを、ほかの人にもそのように」する者へといつの間にか変えられている自分に気付くようになります。もちろん、この黄金律を実践する力は、私たちの内にあるものではなく、私たちを通して働く神の力であるのは言うまでもありません。

最後にこの箇所を的確にまとめているある牧師のことばに耳を傾けましょう。「21世紀の今日において、神がなさっておられる最大の奇蹟は、病の癒しや超自然的なわざではない。イエスを通して、御国の民の品性や行動の中に、神のことばを実現されることにある。実は、あなた、他でもないあなたご自身が、神の奇跡の舞台になるのである。」(中澤啓介著『マタイ福音書注解 上』)

 
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