検見川聖書バプテスト教会
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  だからこう祈りなさい(3) - 御国が来ますように  

2008年5月11日(日) 礼拝説教要旨
説教者:高田 厚 師

聖書箇所:マタイの福音書6章9〜13節

[9]だから、こう祈りなさい。『天にいます私たちの父よ。御名があがめられますように。 [10]御国が来ますように。みこころが天で行われるように地でも行われますように。 [11]私たちの日ごとの糧をきょうもお与えください。 [12]私たちの負いめをお赦しください。私たちも、私たちに負いめのある人たちを赦しました。 [13]私たちを試みに会わせないで、悪からお救いください。』(国と力と栄えは、とこしえにあなたのものだからです。アーメン。)

説教要旨

本日は、主の祈りの前半部分(神に関わる願い)の第二の願いです。この祈り「御国が来ますように」とは、どういう意味があるのか。また、何故このように祈る必要があるのか、御言葉から共に学んでいきたいと思います。

<第二の願いの意味>
最初に、この願いの意味について見ていきましょう。まず「御国」とは、神の支配を現わすことばです。すなわち、まことの主権者、絶対者である神が直接的に支配されている領域を指すのです。

この神が支配する領域(御国)では、神に敵対する悪の力や、人間に絶望をもたらす死の力は影響力を持ちません。なぜなら、この「御国」は、罪と死の力を滅ぼすために来たイエス・キリストによって始まった国だからです。当然、この御国の民である人々(罪の悔い改めとイエス・キリストへの信仰を表明)は、悪の力から守られ、神との平和の内に住まうことができるのです。この御国が完成するのは、キリストの再臨の時と預言されていますが、現在は、信仰者の心の中に存在しています(ルカ17章20節b、21節)。

以上のことから、「御国が来ますように」とは、生ける神のご支配がこの地上に増え拡がることを願い求めることなのです。

<この願いをする必要性>
では、どうして私たちが、この願いを祈る必要があるのでしょうか。三つ理由があります。

第一に、クリスチャンが御国の民だからです。キリストを信じて永遠のいのちを頂いた者は誰でも神の国(御国)に国籍を持つ者とされています(参照:ピリピ3章20節)。ですから、神の国の民が、御国の王であるお方の支配を願うのは当然のことなのです。だから、私たちは、神の国の民としての自覚をもって心から「御国が来ますように」と祈るのです。

第二に、神の働きを妨害する敵対者がいるからです。聖書は、神に敵対する霊的な人格者の存在を認めています(エペソ2章2節)。サタンとか悪魔とか呼ばれるこの敵対者は、この世の人々の思いを神から離れさせ、「暗闇の圧政」の中に閉じこめる働きをしているのです。このような状態に置かれていることに全く気が付いていない人々を見るとき、私たちは心を痛めつつ、ひとりでも多くの人の心が、神の愛によって支配されることを願って「御国が来ますように」と祈るのです。

第三に、神の国の民としての自覚が薄らいでいる私たちがいるからです。私たちは神の国の民であることをつい忘れ、この世の価値観に流されて、神の御名を辱めてしまうことがあるのではないでしょうか。私たちは、そのような自分の罪深さ、弱さに気付くとき、「神様、このような私をお赦しください。そしてあなたが私の心をご支配してくださり、神の国の民として、王であるあなたのご栄光を現すことができるように助けてください。」という祈りに導かれていくのです。

以上の理由から、私たちに不可欠な祈りとして「御国が来ますように」と、イエス様が教えて下さっているのです。私たちはイエス様から教えられたとおり、日々、切実な思いを持って、この祈りに励んでいく者でありたいと思います。

 
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