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2007年11月11日(日) 礼拝説教要旨 |
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聖書箇所:ルカの福音書12章22〜31節 |
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[22]それから弟子たちに言われた。「だから、わたしはあなたがたに言います。いのちのことで何を食べようかと心配したり、からだのことで何を着ようかと心配したりするのはやめなさい。 [23]いのちは食べ物よりたいせつであり、からだは着物よりたいせつだからです。 [24]烏のことを考えてみなさい。蒔きもせず、刈り入れもせず、納屋も倉もありません。けれども、神が彼らを養っていてくださいます。あなたがたは、鳥よりも、はるかにすぐれたものです。 [25]あなたがたのうちのだれが、心配したからといって、自分のいのちを少しでも延ばすことができますか。 [26]こんな小さなことさえできないで、なぜほかのことまで心配するのですか。 [27]ゆりの花のことを考えてみなさい。どうして育つのか。紡ぎもせず、織りもしないのです。しかし、わたしはあなたがたに言います。栄華を窮めたソロモンでさえ、このような花の一つほどにも着飾ってはいませんでした。 [28]しかし、きょうは野にあって、あすは炉に投げ込まれる草をさえ、神はこのように装ってくださるのです。ましてあなたがたには、どんなによくしてくださることでしょう。ああ、信仰の薄い人たち。 [29]何を食べたらよいか、何を飲んだらよいか、と捜し求めることをやめ、気をもむことをやめなさい。 [30]これらはみな、この世の異邦人たちが切に求めているものです。しかし、あなたがたの父は、それがあなたがたにも必要であることを知っておられます。 [31]何はともあれ、あなたがたは、神の国を求めなさい。そうすれば、これらの物は、それに加えて与えられます。 |
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説教要旨 |
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どうしたら“思い煩い”から解放されるか。様々な問題が次々と生じる現代に生きる人であれば誰もが抱えているテーマだと思います。今日は、思い煩いから解放されるための秘訣について聖書から見ていきたいと思います。 <思い煩いとは何か> <イエス様が提示された秘訣> 第一の秘訣は、心配すること自体にブレーキをかけることです。「いのちのことで何を食べようかと心配したり、からだのことで何を着ようかと心配したりするのはやめなさい。」(22節)。物事への過度な心配は問題を解決しないばかりか、かえって問題を大きくしてしまう場合が多々あります。そのことをご承知の上で、イエス様は「心配」し過ぎることを止めるようにきつく命じているのです。 第二の秘訣は、全ての問題を支配している神に目を向けることです。「烏のことを考えてみなさい。蒔きもせず、刈り入れもせず、納屋も倉もありません。けれども、神が彼らを養っていてくださいます。あなたがたは、鳥よりも、はるかにすぐれたものです。」(24節)。神にとって、人間は動植物と比較できないほどに特別な存在です。このお方は私たち人間にも目を留めてくださっているのです。このように、私たちの必要を一番ご存知の神に目を向けることは、自分だけで問題を抱え込まなければいけないという心の重荷が軽くなることにつながるのです。 第三の秘訣は、神の国(支配)を求めることです。「何はともあれ、あなたがたは、神の国を求めなさい。」(31節)このことばの意味は、私たちの心が、自分の思いによって支配されるのではなく、「天の父」である神の御心に支配されることを求めなさい、ということです。これによって、私たちの現実の問題が、神の視点からも見えるようになるのです。自分にとっては不幸にしか見えない困難な現実でも、神の側では既に最善が用意されているという希望の光が見えるのです。その結果、目の前の問題にのみ心が支配されて「思い煩う」のではなく、神の御心に支配されて「期待」に胸膨らますことができるのです。 これが、イエス様が明らかにされた「思い煩いから解放」されるための秘訣です。神が万事を益としてくださる信仰によって、まだ見ぬ最善を確信できるということはキリスト者に与えられた特権であり祝福ではないでしょうか。思い煩いをいっさい委ねることのできるお方がいることの幸いを覚えたいと思います。 |
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